2013年03月16日

国博? それとも九博?

寺田屋からも見える距離にある九州国立博物館。

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その博物館のことを、地元の人は「国博(こくはく)」という略称で呼び、
参道の一本南側にある、太宰府駅から光明禅寺(通称、光明寺)の前を通り国立博物館へ向かう近道には、
国博通り」という名前がつけられています。

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ところが先日参加した「ボストン美術館〜日本美術の至宝」の内覧会で、
説明をして下さる国博の研究員の方々のお話を聞いていると、
内部では「九博(きゅうはく)」とよばれているようです。
よく見ると、博物館のホームページのURLも、www.kyuhaku.jp となっています。

考えてみれば当然です。我が国にはこの九州国立博物館のほかに
東京、京都、奈良にも国立博物館があるわけですから。
「国博」というだけでは、そのどれを指すのかわからないことになってしまいます。
また、東京国立博物館には「トーハク」という公式なニックネームがあるようです。

私たち外部の人間にとっても、
例えばインターネット上で九州国立博物館の展示情報等を検索しようと思ったら、
やはり「国博」より「九博」と入力した方が欲しい情報に出会える可能性は高くなる。
それは自明のことでしょう。

それでも太宰府の人々が九州国立博物館のことを「国博」と親しみを込めて呼び続けているわけですが、
そこには、明治期以来100年以上にわたってこの地で受け継がれてきた強い「九州に博物館を!」
との思いの痕跡が感じられるような気がするのです。

いくつかの資料に当たってみると、
太宰府では、以前このブログで触れた岡倉天心の提言(1899年)よりさらに古い、
明治6〜8年(1873〜75年)に、太宰府神社(当時)の宮司らにより、
神社の宝物や県内の新古物品等を集めた「太宰府博覧会」が全国に先がけて開催したり、
それが20年後、「鎮西博物館」という名の九州博物館計画につながったり、といった動きがあったようです。

そのようにして太宰府の地の人々は、「九州国立博物館」という名前が決まる前から
「国立博物館を」、つまり「国博を」と願い続けてきたわけですから。

そんな国博で開催中で、先の3月12日には来館者も20万人を突破したという
ボストン美術館展」の日程も明日、3月17日(日)まで。

まだご覧になってない方は、是非お出かけになってみてはいかがでしょうか。
そしてお帰りの際には、寺田屋のある参道を下ってみてください。
posted by teradaya at 15:19 | 日記